私たちは助け合って生きてきた!人間とペットたちの関係をもう一度勉強しましょう
人間と動物たちとの関係の歴史を見直してみましょう。
有史以前から人間と動物たちは密接な関係を築いてきました。貴重な蛋白源として食べる家畜以外にも、助け合う仲間として活躍し仲良く暮らしてきた代表的存在が犬でしょう。アルジェリアで発見された石器時代の壁画にも犬と狩人が共同で狩をする様子が描かれていますし、紀元前7世紀の古代アッシリアの遺跡からは、狩猟犬をつれた狩人のレリーフが発見されています。
危険を察知する能力の高い犬たちは、どれほど人間たちの安全を守った事でしょう。今、私たちが、のんびりと寝転んだりくつろぐ動物たちの姿を見ると心がホッとして安らぐのは、DNAに刻み込まれた太古からの記憶のせいかもしれませんね。動物たちがのんびりとした状態にいることは周囲が安全である証拠なんですから。
また、犬と並んでペットとして愛される猫は、古代エジプトにおいては収穫物を狙うネズミを退治してくれる神として崇められました。猫の顔を持つ女神像や猫のミイラも数多く発掘されています。東洋の仏教寺院では、貴重な経典をネズミの害から守るために古くから猫たちが飼われていました。
人間には無い動物たちの能力が、そのまま私たちの暮らしに役立ち貢献してきたのですね。そのお返しとして、人間は彼らを保護し餌を与えて共に暮らしてきたのです。文明が発達して近代になっても、私たちは犬や猫たちを身近な生活から手放しませんでした。より一層、家族の一員としての絆を深めてゆきました。
まず自分や家族とのライフスタイルに合わせた動物たちを選択する必要があります。特に犬の場合は、運動量と世話をする人の年齢等も考慮した上で選びたいですね。「流行だから」「ブームだから」と衝動的に選ぶのは避けましょう。自分たちにとって飼育に無理のある犬種だと、癒し効果どころか逆にストレスにもなりかねません。そして、それは犬たちにとっても不幸な事なのですから…。
また、適切なしつけや予防接種などの健康管理も必要になります。排泄のしつけや、きちんと社会化をさせるためにも子犬時代からのしつけが重要になるでしょう。最近では、頭から押さえつけるのではなく、犬が自分から進んでやるような陽性強化法(ほめてしつける)が、覚えもよく人間に対して友好的で飼いやすい犬になるようです。
こうしてしつけられ、家族同様に家の中で一緒に暮らしている犬や猫は、セラピー犬・猫として福祉施設などへのボランティア活動に参加できるようになります。犬や猫たちのストレスや配慮も踏まえた上で、さらに私たち人間と動物たちの絆が深まればどんなにか心豊かで満ち足りた社会になるでしょうか。
お年寄りのいない核家族に育つ子どもたちにとって、身近な「死」に接する機会が減っている事がよく指摘されています。「死ぬ」という事の意味がピンとこない、誰かに死なれて悲しむ人の気持ちを実感として肌で感じ取ることができない…とも言われています。ゲームの中の「死」は簡単にリセットできますが、生きている人間や動物にとっては、一度死んでしまえば決して生き返ることはありませんし、もう永遠に会えなくなることなのです。
「死」の本当の意味を子ども時代に実感として知る事は「生命の尊さ」を肌で知る事でもあるのです。子どもたちにとっては過酷なことかもしれませんが、愛するものを失うことの悲しみと苦しみを子ども時代に知ることは、実は成長してゆくうえで非常に重要な事でもあります。苦しみや悲しみへの共感は、そのまま他者への深い思いやりの心を育てる事にもつながるからでしょうか。
家族同様に愛し愛されてともに過ごしたペットたち…。けれども、人間ほどの寿命を持たないペットたちの殆どは、確実に私たちよりも早く逝ってしまうのです。どれほど適切に管理して面倒を見ても、寿命である限り彼らの死を避ける事はできません。ペットを失った後の飼い主の悲しみを「ペットロス」として取り上げられる事が増えてきましたが、この悲しみを乗り越えるための心の動きをエリザベス・キューブラー・ロス博士は『悲哀のプロセス』と名づけました。もともとは人間を対象としているのですが、家族同様のペットたちにも当てはまるからです。
第一段階:否認
えっ、そんな!嘘でしょ!!どうして?そんなのイヤ!!
悲しい出来事が起こると、ショックのために目の前にある事実を認めたくなくなります。
現実を認めたくない拒絶反応なのですが、実は、次に来る心の打撃に対する緩和作用にな
っているのです。
第二段階:駆け引き
例えば、死に掛かっているペットが元気になったら、もっと可愛がります、散歩にももっ
と連れて行ってやります、(子どもならば)もっとイイ子になります、だから神さま助け
てください!と心に祈る事などがそうですね。あなた、身に覚えがありませんか?
第三段階:怒り
泣いたり怒ったり、自分を責めたりします。誰も自分の悲しい気持ちをわかってくれない
と第三者に怒りをぶつけたり、もっと早く医者に診せてやればよかった、自分がもっと大
切にすれば長生きできたのではないか、と過去の事をくよくよと後悔し罪悪感を覚える事
もあります。実は、これは傷ついた心が治っていくための感情の動きなのです。
第四段階:抑うつ
ここからが本当の悲しみに入ります。罪悪感や怒りは消え、何も手につかないような、た
まらない虚しさを覚えます。ここで大切な事は、自分が悲しんでいるのだとハッキリ認め
ることです。たかがペットが死んだくらいで、こんなにくよくよするのは恥ずかしい、い
いオトナが仕事も家事も手につかないほど悲しいなんて、我ながらオカシイのではないか?
と悲しみを無理に押さえ込む必要はありません!この悲しみは当然のことなのです。同じ
ようにペットを亡くした経験のある周囲の人たちからの協力が必要なときでもあります。
第五段階:受容
ここに来てようやく死の悲しみから抜け出す事が出来るようになります。共に過ごした楽し
かった事などを思い出します。そうして、死んでしまったペットに対して、心から「楽しい
思い出をありがとう」と感謝できるようになります。
これが「悲哀のプロセス」と呼ばれる感情の動きです。実際には、この順番どおりではなく
前後する事もありますが、おおむねこの流れで心は癒されてゆきます。
次の段階として、ペットロスに対して有効なのは、実は新しいペットを飼う事なのです。新しい動物を飼う事は、前の動物を忘れる事ではありません。逆に、楽しかった思い出がくっきりと甦ることでもあるのです。愛犬との思い出を書いた『ハラスのいた日々』の著者、中野孝次氏の一連の作品を読むと非常によくその点が描かれています。愛犬ハラスに死なれたあと、もう二度と犬は飼うまいと一旦は決心した氏が、その後、別の犬たちを飼うことにより、さらに充実した日々を送れるようになった事が綴られています。
日本が世界に誇る長編小説『源氏物語』にも唐猫(唐から輸入されたブランド猫?!)が重要な役割を果たすシーンが描かれています。光源氏の妻の一人である、女三宮に一目ぼれしてしまい、不倫の関係に苦しむ貴公子が登場しますが、この彼と女三宮の出会いのきっかけを作るのが猫なのです。
同時代の『枕草子』にも、一条天皇が真っ白な雌猫を「命婦のおとど」と名づけて可愛がっていたことが書かれています。ちなみに「おとど」というのは「大臣」という意味でして‥猫に「大臣」という役職名を与えるほど愛していたのですね。また同じ宮中に「翁丸」という名の犬も飼われていて、いたずらをして一旦追い出されたのですが、戻ってきた時、清少納言に名前を呼ばれると涙を流して喜んだというエピソードもあります。アメリカの開拓時代を舞台にした『大草原の小さな家』シリーズでは、番犬ジャックや猫のキティが家族の一員として登場しますね。
また、登場人物?ではないのですが、江戸時代に『南総里見八犬伝』を書いた滝沢馬琴は、大の小鳥好きで常時100羽以上の小鳥を飼い、その鳴き声を楽しんでいたそうです。『吾輩は猫である』を書いた文豪・夏目漱石は、愛猫が死んだときには死亡通知まで出したとか…。ノーベル賞作家の川端康成は大の犬好きで、随筆の中で「犬を飼うと、家の中でいらいらすることが目に見えて少なくなってきた」と語っていますが、この意見には思わずうなずいてしまう方も多いのではないでしょうか。